奏恋心 OFFICIAL

PROLOGUE

二つに裂かれた心

中央に転生前の峰尾こずえ、左右に奏恋と奏心が描かれたビジュアル
  • 黒い衣装で赤い花の壁の前に立つ姿
  • 黒い翼を広げ、森のセットの中に立つ姿
  • 森のセットで並ぶ、杖を持つ旅装の人物とエルフの姿

これは、遠い世界の物語。

毎晩、食べることができる幸せに感謝し、
安らかに眠れることに祈りを捧げる。

歌と踊りを通じて神の御心を知り、
その恵みとともに生きる人々。

そんな、小さな村のお話。

その村に、一人の少女がいた。

少女は歌うことが大好きだった。

生まれ持った歌の才能に恵まれ、
その歌声は人々の心を惹きつけた。

いつしか少女は、歌い手になることを夢見るようになった。

自ら望んで選んだ道。

けれど、才能だけでは越えられない壁があった。

少女は、努力することが嫌いだった。

日々の鍛錬を重ねる仲間たち。
少しずつ力をつけ、前へと進んでゆく友人たち。

かつては自分の後ろにいたはずの者たちが、
一人、また一人と追い越してゆく。

焦りは、やがて苦しみへと変わっていった。

自分で選んだ道であるはずなのに。

大好きだった歌が、
いつしか少女の心を追い詰めるものになっていた。

そして、ついに少女は、
ある伝承に心を奪われる。

堕落の泉。

そこに身を委ねた者は、
あらゆる苦痛から解き放たれるという。

少女は、その甘い誘いに抗えなかった。

そして――

自ら、その泉へと身を投げた。

目覚めた先に広がっていたのは、
まるで楽園のような世界だった。

そこには、苦しい努力も、
誰かと競い合う日々もなかった。

大好きな歌を歌い、
心のままに踊り、
美味しいものを食べ、酒を酌み交わす。

辛いダイエットも、厳しい鍛錬もない。

ただ、好きなことだけをして生きていける世界。

もともと歌うことが大好きだった少女は、
あっという間に酒場の人気者となった。

誰もが彼女の歌声を求め、
その笑顔に魅了された。

少女は、酒場のヒロインとなった。

それは、かつて夢見た以上に自由で、
何不自由のない日々だった。

――そのはずだった。

けれど。

どれほど歌っても、
どれほど喝采を浴びても、
少女の心は満たされなかった。

何かが足りない。

何を手に入れても埋まらない、
不思議な空虚さだけが残っていた。

ある夜、少女は夢を見た。

そこに現れたのは、
かつて共に歌を学び、互いを磨き合った友だった。

苦しくて、逃げ出したくなる日もあった。

思うように歌えず、
悔しさに涙したこともあった。

それでも、共に笑い、
励まし合い、
一つの歌に想いを込めた日々。

あの頃は、確かに満たされていた。

少女は、ようやく思い出した。

自分が本当に求めていたものを。

ただ歌いたかったのではない。

歌に想いを乗せて、誰かに伝えたかったのだ。

自分の歌を聴いて、
誰かが笑顔になってくれること。

悲しみに沈む誰かの心を、
ほんの少しでも軽くできること。

誰かに必要とされ、
誰かの支えになれること。

それこそが、少女の本当の願いだった。

少女は、元いた世界へ戻ろうとした。

もう一度、あの仲間たちと歩みたい。

もう一度、本当の歌い手を目指したい。

しかし、その願いは叶わなかった。

一度捨てた世界へ、
再び戻ることはできなかったのである。

それでも。

少女には、どうしても諦められない想いがあった。

誰かの心に届く歌を歌いたい。

誰かに必要とされる存在になりたい。

誰かの支えになりたい。

その願いだけは、決して手放すことができなかった。

やがて、その声は堕落の泉の主へと届いた。

泉の主は、少女の願いを聞き届けた。

ただし、新たな世界へ旅立つためには、
自らが堕落に身を委ねていた時間と向き合わなければならない。

逃げ続けてきた苦しみを受け入れ、
失ったものの重さを知り、
それでもなお前へ進むこと。

少女には、厳しい試練が与えられた。

それは、かつての彼女ならば、
決して耐えられなかったであろう苦しみだった。

けれど、今度は逃げなかった。

歌に込めたい想いがあった。

届けたい願いがあった。

誰かの支えになりたいという、
決して消えることのない祈りがあった。

そして少女は、長く苦しい試練を乗り越えた。

ついに、新たな世界へ羽ばたく時が訪れた。

――はずだった。

少女の歌には、
人の心を救う力があった。

しかし、その魅力は同時に、
人の心を惑わせる力でもあった。

堕落の世界で歌い続けた日々。

少女の歌声に魅了された者たちは、
彼女が去ることを望まなかった。

まだ、ここで歌ってほしい。

もっと、その歌声を聴いていたい。

どうか、行かないでほしい。

その想いは、少女を引き留める力となった。

そして、堕落の世界からの干渉が、
新たな世界へ向かう転生の儀を妨害した。

本来、少女が授かるはずだった新たな名。

奏恋心(カナデココ)。

その一つであるはずの心は、
二つに引き裂かれてしまった。

一つは、恋(レン)。

女性としての魅力を強く宿し、
人々を惹きつける心。

もう一つは、心(イノリ)。

人を慈しみ、
傷ついた心を癒す力を強く宿した心。

こうして少女は、
引き裂かれた二つの人格を一つの身体に宿し、
新たな世界へと転生を果たした。

転生は、確かになされた。

しかし、それは決して、
手放しで喜べるものではなかった。

新たな世界でも、
きっと大きな試練が彼女を待ち受けているだろう。

数え切れない出会いと別れ。

喜びも、悲しみも。

時に傷つき、時に支えられながら、
二つに分かたれた心は磨かれてゆく。

いつの日か、本当の意味での歌い手となるために。

自分の歌で、誰かの心を支えられる存在となるために。

彼女は、歩み続ける。

その先に待つ、まだ見ぬ未来へ――。

(詳細は異世界乱舞転生の儀小冊子をご覧ください)